介錯の風景

(2009年追記。あまりに印象鮮烈なので書き写したらしい)

おれが「竹下」の立場だったらどうするだろう…。

そこで竹下らがいって見ると、阿南はすでに縁側に坐って、皇居の方をむいて割腹し、左手で頚動脈をさぐり、短刀で喉を斬ったところであった。竹下は粛然としてそれを見まもっていたが、「介添しましょうか」と声をかけた。「いや、要らん、あちらへゆけ」と阿南は答えた。(中略)ふたたび現場に戻って見ると、阿南は少し右前のめりになっていたが、まだ烈しい呼吸音をたてていた。竹下は「苦しくはありませんか」と呼んだが、阿南はすでに意識はないようであったが、ときどきぴくぴくと手足を動かした。竹下は短刀をとり、右頚動脈を深く切って介錯した。


――山田風太郎「同日同刻」より

同日同刻―太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日 (ちくま文庫)

同日同刻―太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日 (ちくま文庫)