2009-08-01から1ヶ月間の記事一覧

博覧

「ひろく一般の人が見ること」という語義は納得しがたい。ただただ「世人の博覧に供する」という表現があったために立項されたとしか思えない。これだと出し物が一点しかなくても、「博覧会」が成立することになってしまう。博覧が天覧や叡覧の対語ってこと…

自然界における右と左

地球上の人類だったら(いや、どこかの惑星の人型の宇宙人であっても)、前後と上下の概念は、言語を介さずに伝達できる。しかし、左右の概念は、そういうわけにはいかない、というのが面白い。新版 自然界における左と右作者: マーティンガードナー,Martin …

う〜ん

出口一雄でググったら、まずはじめにヒットするのが…

なぜUFOを気にするのか

映画と、ついくらべてしまうのだ。見ているあいだは論評できない、語っているあいだは存在しない。映画とUFOは似ている。だからかつてVTRが開発され、とうとうニコニコ動画に至ったのだ、とも思う。現象をくりかえし再現可能にし、さらに現象の解釈をも定着…

慣用句がひらかれるとき

ある階級があって、その階級内にも上下があって、その上のほうに高山宏、中間のあたりに松岡正剛、下にいくと唐沢俊一がいるのではないかと…。衒学階級といおうか。この人たちを見分ける特徴。上も下もひとしなみに、慣用句や慣用表現をわざわざひらいて、お…

ふと調べたら

ワカシム氏、本名で活動はじめられてたんだなあ…。稲生平太郎、新刊でとったんだなあ(三年前)…。

CBAのハヨピラピラミッド

http://121.1.137.160/catalog/ufoav.htm http://121.1.137.160/catalog/FMPro?-db=acat.fmj&-format=detail.htm&-lay=base&-sortfield=date&avcode=1011&age=1970&dis=1&-max=20&-recid=36634&-find= しかし、このサイト、ハンパないね…。

集団幻覚について

稲生平太郎著『何かが空を飛んでいる』はかなり前に読んだ。おおむね納得できる論旨だったが、一点、集団幻覚をすげなく否定していたことがひっかかった。集団幻覚なんて、ふつうにあると思うのだが。なんと昨日、職場の同僚が、この「集団幻覚の可能性を否…

ケネス・アーノルド

http://www.asyura.com/sora/bd11/msg/925.html これはありがたい。すくなくとも1977年以降のアーノルド会見記。ア氏は著述はあまりやらずに晩年まで過ごしたらしい。フォートを読み出すのは目撃事件以降のようだし、やはり真面目な人だったのかなあ。しかし…

絶望するかしないかも

DNAで決まっていそうな気がするが。本を読まない人は、もう、徹底的に読まないからねえ…。

英語忘れすぎ

私がテレビを見なくなったころから、広島カープの監督がアメリカ人になったらしくて、審判に抗議してベースを投げたりするらしい…というところまでウィキペディアを読んでいて気づいたのだが、おれ、throwをスルーって書いてた…。fallenもフォールンじゃなく…

偶像は落ちるか

唐沢検証ブログに書いたことの続きだが、どうも偶像が落ちるというのは違和感があるのだ。像だからね、像が動いたらそれこそオカルトじゃないかとおもうわけ。欄間の遺影が勝手に落ちたとか、お地蔵さんの位置が知らぬ間に変わっていたとか。アイドルはフォ…

寸善尺魔を知らなかった

善魔ってそういうことか(安城家は読んでないが、地震だの不倫だの扱っているわけで)。横尾忠則に感謝。いや、考え過ぎかな…。馬鹿正直の言い換えでいいのかな。 http://www.cinelier.jp/list/200701/09.html

平和と妄想と男

『走れ! タカハシ』はじめて読む。面白い。村上龍にはめずらしく関西弁の語り手が出る。平和な時代に若い男の妄想は笑ってすませることができるけれど、若くない男や平和でない時代の男の妄想は笑えない。村上龍がいいたかったことがやっとわかるようになっ…

UFO陰謀論の不気味な世界

英語版ウィキペディアにあるモーリー島事件の項目を読んでいたら、ダールの上司フレッド・クリスマンがクレイ・ショーの友人だとあってビックリした。オリバー・ストーンの『JFK』でトミー・リー・ジョーンズが演じた男である。ショーはMJ12の陰謀論でも熱心…

フライングソーサーは「飛ぶ皿」である、そして、円盤投げの円盤が飛ぶのは当然だ

唐沢俊一は空飛ぶ円盤という言葉の語感を愛でていたが、フライングソーサーの訳語としては問題がある。アメリカ人が読み込んだ、間抜けな印象がふきとんでいるからだ。ケネス・アーノルドは「飛ぶ皿」の提唱者としてバカにされて(本人の責任ではないが)、…

自我は死ななきゃなおらない

週刊文春を立ち読みしてたら、宮崎哲弥がまたまた自我がいつか消えることへの戦きを語っていた。他人はそのことにあまり頓着しないのがまた怖いのだとも言っているが、恐がりを自慢するのも変な話だ。このネタ何度くりかえすのだろう。饅頭を怖がるのとちが…

モーリー島事件 誰が誰をだましたの?

モーリー島事件をレイモンド・パーマーが仕掛けたホラだと唐沢は言っていて、それにしてはパーマーはケネス・アーノルドと共著を出しているくらいだし、ばれた場合にアーノルドの不利益になるようなことをするだろうかと不思議だったので、本屋のUFOコーナー…

パクリとカンニング

唐沢問題にあまり関心のない職場の同僚に唐沢問題を説明していて、はっと気づいた。これ、パクリというよりカンニングなんじゃないだろうか?私のニュアンスとしては、パクリというのはもっと能動的なものだ。パクりたい対象の本質や表現を理解した上で、自…

テキストと人間と個性

http://www13.atwiki.jp/tondemo/pages/17.htmlにおいて 大森氏が、 手元にコピーし、 メモしておいた漫棚通信氏のサイトの文章を、 原稿執筆時、当方のケアレスで、ほぼそのままの形のものをペーストしてしまい、 という箇所になにもコメントしないのが意外…

「文章が下手」

他人の原稿について、「文章がヘタ」と指弾することで有名な人としては非常な悪文。http://www13.atwiki.jp/tondemo/pages/17.html 「有名」というのに違和感があったのだが、こういう流れなのかな? http://www13.atwiki.jp/tondemo/pages/54.htmlざっとグ…

『新・UFO入門』

買っちゃった…。しかし未確認飛行物体なのだから、UFO自体は存在するもしないもないはずなのだが。概念なんだし。唐沢はエイリアン・クラフトのこととして断りを入れずにユーフォーユーフォー言ってるから読んでてムズムズしてくる。日本人はなぜUFOを信じて…

『新・UFO入門』

(口承文芸の)作者の役は多くの場合、名もなき民衆によって担われ、作歌性の問題、すなわち誰の創作かということは問題にならない。つまり、口承文芸の特徴は"オリジナリティの不在"、そして"物語の日常性"にある。(『新・UFO入門』第二刷 191ページ) 似…

盗んだのか拝借した(あと返すのを忘れただけな)のか

http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_604f.html出版社が不始末を隠密裡に処理しようとすること自体はそう悪いこととも思えない。漫棚氏がこだわったのが名誉感情だったというのが、この紛争のいちばんのポイントだろう。出版社と盗作…

ふつうの対応

口頭では「ゆーびんばんごうなになにの、とうきょうと、なんとかし…」と言ってあげるのが親切というか、ふつうの対応でしょうなあ…。

言葉だけで考えることができる

私は適宜、言葉とイメージと常識とを組み合わせることで話をするのだが(というよりイメージ過多なくらいだ)、ふと気づいたのだが、イメージや常識を用いなくても話はできる、言語は運用できることに気がついて愕然とした。言葉だけで考えているような人と…

『日露戦争物語』

法と行為のあいだに解釈がある。江川達也は解釈のことをしばしば妄想として切り捨ててしまう。馬鹿な人にたいして、法と行為がどう関係するのかをあいまいにすることを、江川はまたマインドコントロールと呼ぶわけだ。絵が雑になるのも最後の二巻ぐらいで、…

創作が開かれていることなどあり得ない

http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20060930/1159600158 マンガとしてどうかというのは、それこそためにする公共事業的な言辞にしか思えない。だいたいマンガ総体のことなど読者である私にとって、いや作者である江川達也にとってさえも、関知するところ…

評論とコピペと商業

創作家というのがもともと現実から題材を得ている。悪く言えば現実にたかっているわけだ。評論家は他人の創作を簡略に紹介するか、一般人がなしえないほど深く読み込むかしていただかなくては困る。一九八〇年代からの特徴として、カタログ文化というか、紹…

『新・UFO入門』

新・UFO入門―日本人は、なぜUFOを見なくなったのか (幻冬舎新書)作者: 唐沢俊一出版社/メーカー: 幻冬舎発売日: 2007/05メディア: 新書購入: 1人 クリック: 96回この商品を含むブログ (61件) を見るそういえば読んでいなかったなあとおもって立ち読みしたの…