創作が開かれていることなどあり得ない

http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20060930/1159600158
マンガとしてどうかというのは、それこそためにする公共事業的な言辞にしか思えない。だいたいマンガ総体のことなど読者である私にとって、いや作者である江川達也にとってさえも、関知するところではないだろう。

単に牙山の戦いや黄海海戦が面白かったから残念だというだけなのだが。ある人が、さもしく、小ざかしく、品がなく、醜悪だって別にいいと思うのだが(というかもともと人間ってそういうものなんじゃ…)。だいたい「あれ? 増刊を買っちゃったかな?」って、増刊に載った作家への侮蔑ではないか

そもそも、創作が開かれているというのが、評論家を食わせるためのうそっぱちとしか思えない。私も明治のことに興味をもつまでは、このマンガに関心なんかまるでなかった。この作品を読めるようになった、面白いとおもうようになった自分に、まずびっくりしたのである。知の快感というのは、そういうような状態を言うのであって、したり顔で「マンガのテイをなしていない」と裁くことではないだろう。