エクソシスト・ディレクターズカット版

 旧版から疑問に思っていたことだが、悪魔がアメリカの女優の娘にとりつく意味がまったくわからないのだ。この改訂版でもその疑問は払拭されない。悪魔祓いの儀式で疲労した神父ふたりが中座して、廊下で問答を交わすのだが、「なぜあの子にとりついたのか?」「我々を絶望させるためだ」……神父にとっては答えになっているのかもしれないが、映画の観客としては納得できない。老けメイクをしたマックス・フォン・シドーが咳き込みながら「脚本家の御都合主義だ」とつぶやく画面を想像してしまう。

(中盤で死ぬ映画監督がパズズ神の像を持ちこんだらしい)