脳の不思議

ドグラ・マグラ』ますます面白い。脳は身体各部の電話交換所という発想、卓見だと思う。

だいたい脳の記憶といったって、録音や映像と比較したら、かなりにいいかげんなものだ。むかしNHKスペシャルで、サヴァン症候群の人が、一度聞いただけで音楽をピアノで再現するというのをやっていたけど、メロディが微妙に自己流にアレンジされていたので、神経質な私はテレビに向かって「ちっとも再現じゃないぞ」と毒づいたことがある。

写真記憶の持ち主のペン画をオリバー・サックスの本で見たことがあるが、もちろん、ハイパーリアリズムの画家のようでは、なかった。

「女と男」2回目見る。なるほど、女は地図を読むのが下手なのではなくて、いままでの地図が男向きに作られていたからなのか…。宝探しの地図も、いよいよ宝にちかづくと文章による謎かけになってしまうのは、そういう理由からだったのか(男にはわかりづらい)。

たしかに現実の土地が、ミニチュアであるジオラマになり、地図になりしていくと、男の子っぽくなるような印象がある。鉄道マニアなんて、メカ趣味と地図趣味が合体したようなものだから、男の子にはたまらないわけだ。

目的地にアクセスすればいいだけなら、なにも土地を現行の地図のようにマッピングしなければならない義理はないのだ。そう思うとなんだか新鮮だ。

地形や建物の外見ではなく、その場所の機能や意味によって編成された地図というのは、女にとっては常識なのかもしれないが、すくなくとも私にとっては新鮮な発想だ。