転落していく私を描く

石に泳ぐ魚 (新潮文庫)

石に泳ぐ魚 (新潮文庫)

秀香ははじめ、里花にたいして他の人がするのと同じように、距離を置く。秀香アイデンティティのかずかずが読者に丁寧に説明され、それらがいちいち秀香から剥奪されていく。このことによって、秀香と里花に関わりが生まれはじめる。里花が秀香の打ち合わせに押し掛けて、舞台への出演を依頼するシーンは素晴らしい。最後には秀香の完全な喪失が里花の意外な「転身」によってもたらされる。自立へのひそかな不安がテーマなのか。里花の容姿は、たしかに作品の重要な要素であったろう。現行版では終幕の逆転のあざやかさが損なわれてしまっている(初出版は読んでいないが、まあ、想像はつく…)。冒頭のほうで風元が秀香に構成の重要さを説くのは意味深なはなしで、モデルの訂正要求に著者が応じなかった理由もわかる。


どうも、これ(修正版)で良かったと思ってしまうのだ。堕ちることにたいしても平明な視線を注がざるをえない時代の雰囲気というものが1990年代にはたしかにあった、と思うのである。1980年代に遅れてきた鶴見済柳美里だった。