利己的な遺伝子と構造主義進化論

構造主義進化論における本質概念は「構造」。構造は変転するだけで自然から選択されない。利己的な遺伝子説における本質概念は、DNA中のシストロン(を遺伝子とみなすこと)。これは長期(数億年の単位)にわたって不変だから、自然から選択されて、存続したり滅んだりする。要するに競争が成立する。

「棲み分け」や「構造布置の変転」が競争をみとめなかったことは、好意的に解釈してあげてもいい。ダーウィン思想が競争の激化した十九世紀イギリスの産物であるという、ある種のいちゃもんは、考える人の立場によっては説得的に見えることもあるだろう。世の中、いんちきがまかり通るばかりのようで、案外正義がかなったりする。証拠が挙がってもないのに死刑に決まって、民間人によって家まで焼き討ちされた人をかわいそうと思う人がいる一方で、受刑者の周辺に居住していた人たちはほっとしていたりもするのだろう。前者の正義感を酌むか、後者の安心を尊重するかは立場によってちがう。

昆虫が好きでたまらないという池田清彦の本質は、夜学の教師をしたり自動車事故で死に損なって構造主義生物学を世に問う決心をしたりすることで(これらが獲得された池田の表現型なわけだ)、日本社会における競争にうち勝ち、今日まで生き延びている、社会から選択されているとも言えるわけだ。