人形劇とフォトジェニー

たとえば宮崎駿はじぶんの作品の画面が「人形劇」であることをいささかも苦にしてはいない。だからああもカラフルでぺたっとした画面なのだ。いっぽう押井守は人形についてこだわりまくった『イノセンス』を、しかし人形劇のようではなく演出している。あるいは「ミニパト」をたんなる人形劇に終わらせない。デジタルの時代になって画質をいじれるようになってからは、もう存分に画質をいじくりまわしている(画質をいじることには否定的立場をとる篠田先生とは対照的だ)。

ディズニーはCGアニメの方法論を「人形劇の模倣である」とわりきることで量産に成功した。『ライオンキング』や『アラジン』のようなCGアニメはできないことを悟ったのである。