自我は死ななきゃなおらない
週刊文春を立ち読みしてたら、宮崎哲弥がまたまた自我がいつか消えることへの戦きを語っていた。他人はそのことにあまり頓着しないのがまた怖いのだとも言っているが、恐がりを自慢するのも変な話だ。このネタ何度くりかえすのだろう。饅頭を怖がるのとちがって脅かしてやることもできない。
リチャード・ドーキンスが、一般人が宗教に敵対的になろうとしない理由として、かれらが信仰を信じているからだと指摘しているが、この観察はおもしろい。な〜んで自我といわないんだよう、ドーキンスよ〜。とからみたい気持ちになる。自我と言った瞬間に、矢は自分にかえってくることを、ドーキンスは無意識的にか意識的にか、理解しているのだ。
UFO陰謀論の不気味な世界
英語版ウィキペディアにあるモーリー島事件の項目を読んでいたら、ダールの上司フレッド・クリスマンがクレイ・ショーの友人だとあってビックリした。オリバー・ストーンの『JFK』でトミー・リー・ジョーンズが演じた男である。ショーはMJ12の陰謀論でも熱心に論じられているのだそうで、ビックリしてる私が間抜けなだけなのかもしれないが、まあMJ12のことなんて知らないし。
しかし1947年にあらかた出揃っていたのだなあ。UFO編隊飛行、UFOの遺物、宇宙人の死体、姿なき妨害者、MIB、関わった人間の事故死。ないものといったら宇宙人との対面くらいで、それは5年後にアダムスキーが大成功させる、と。平和に飽きたらない人間の裏面史、というか妄想の歴史。