宮原昭夫の小説における「待たせること」

短編集『石のニンフ達』に収められた「待っている時間」はすごくいい。父親が危篤になって臨終をまえに立働く大学生の生活と回想を描いている。

どうやら宮原昭夫氏にとっては「待たせること」が主要なモチーフとなっているようだ。「待たせること」の原因である、安請け合いや気を持たせるための嘘(「石のニンフ達」)の機微に関心があるらしい。

そういえば父は発病以来殆ど苦痛を訴えたためしがない。どう? 具合は、と訊けば、うんありがとう、と答えるだけだ。そこにはおぞましいような何かがあった。なにかしら拒否や断念のようなものが。(「待っている時間」より)

父との父権を継承できない戦後的な関係が、息子である主人公の篤において、彼と恋人の国子との関係に反映される。果たされない恋人同士の時間、待たされる善意の恋人、父へのと恋人へのと家族への罪悪感をひとり抱えて前にふみだせない若者。昭和43年発表。