崩落した室内プールの屋根を直せない

 財政破綻した夕張市でそういう事例があった。

 堺屋太一は「平成三十年」で、織田信介という改革派の政治家に、効率的な公的サービスの遂行のために田舎の人はなるべく集合住宅につどって生活してもらう、というようなことを言わせている。現実の世の中もそういう流れになりつつある。

 借金の棒引きという側面から廃藩置県に関心がある。金融は、つまりは約束事だから、果たされない約束がつもりつもってしまうと社会が硬直化してしまう。だから明治新政府は、幕府の借金を引き継がず、諸藩の借金も無理やり整理したうえで引き受けたわけだ。

 金融がないと社会が回らないけれど、金融に頼りすぎると経済が不健全になってしまう。

 堺屋が「平成三十年」で言わんとしていたのは、官僚や硬直化した大企業を平民に落とすということで、明智三郎が織田信介を暗殺したのは、いわば「不平士族の反乱」なのである。

(うかつなことにいまやっと気付いたのだが、織田信介は、岸信介ともかけてあるのか?)