しかし自然選択という思想は素晴らしい。本質があるという思想が間違っている。

すっかり目の前がひらけた思いがしている。ドーキンスが、穏当な宗教は過激な原理主義の入り口に過ぎないと喝破したように、誠実な本質主義も結局は過激な原理主義に行き着くのである。旧世代の大人たちは科学の成功にたじろいで、その範囲を自らせばめつつも結局は本質主義の正しさを疑いきれなかった。戦後の迷妄は、ただ一言、本質主義を捨てきれなかった人々の狂想曲ということでしかない! 若者たちよ、アホな先行者たちを崇めるのはやめよう!