噂、噂、噂!

『黒い雨』を買ってきて拾い読みしている。漫然と読んでいたら、引っかかるところがあったので、読み直す。冒頭7ページ(文庫改版版)「初めのうち重松は、」からはじまる段落。重松の話をしていた語り手が、注釈を挿み、段落を変えずすぐに勤労奉仕青年団員の話に移ってしまう。これは、ややこしいわ。

はじめは姪が被爆者でない証拠を主人公が挙げようとして、しかしそれが破綻し、というよりも、破綻した場合により深く傷つくことを避けるための、日記の浄書作業へと、主人公の作業の性格が変わっていく。とても日本人的というか…。この屈折がはいることで、日本人のある種の心性は捉えられているとは思う。

『黒い雨』の構成は、姪の日記をあてにしていたのに叔父の日記に変更する方向でなしくずし的に変えられたのである。『姪の結婚』のタイトルが連載八回目に突然、『黒い雨』になったのはそうした事情からで、そもそも全体の構成などあったのか。http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/study/inosenaoki.html


「そもそも全体の構成などあったのか。」とまで言えるほどの物証を猪瀬はもっていないように私には思えるので、ここは態度を保留せざるをえない。「姪の日記」が創作なのかどうか、モデルが存在するのか、誰かが確定してくれればいいのだが…。

要するに額縁を井伏は作ったのではないか。ただ不幸があった。過去に不幸があった。『重松日記』が表現するのはそういう内容で、井伏はそれに、結婚という、「現在」に密接にリンクする枠組を用意して、読者と重松日記を繋いだのではないか。井伏はちゃんと仕事をした、と私には思える。やはり猪瀬の見方は偏っているとしか思えないのだ。