三浦綾子『氷点』

買った。いっしょに倉橋由美子『暗い旅』とビュトール『心変わり』も買ってみたわけだが…。

さすがに差別云々以前に、古い。ごくはじめの方に「村井の慕情の激しさに、夏枝は感動した」(文庫版上巻8ページ)という一節があって、まあ前後を読んでいただきたいが、私はちょっとたじろいでしまった。「そ、そりゃあねえだろう」と。

ふと連想がおよんだので書き付けておくが、手塚の『きりひと賛歌』の占部医師の懊悩なんかも、今読んだら古臭く感じるかもしれない…。

佐石土雄の犯行動機がしりたくて本を買ったのだが、なるほどねえ、生活苦による疲労困憊時の混乱、ということなのだろうか(佐石本人は明確に描写されないまま自殺してしまう)。

それにしても、私はこの歳になって三浦に教わったことがある。タコ部屋ということばは知っていたし、「このタコ」という罵倒の文句も知っていたが、「タコ部屋にいる(いさせられる)労働者」のことを、「タコ」と呼ぶのであるらしいことを、恥ずかしながら、私はこの歳まで知らなかった(「タコ部屋」と「このタコ」とは関連のない言葉だと思っていたのである)。もともと他人のことを「このタコ」なんて罵ったことはないが、いよいよおいそれとは口に出せん言葉であることを思い知った。『男はつらいよ』の「タコ社長」にも、複雑な思いを抱かざるを得ない(「タコ」たちの長であるということなのだから)。要するに「このタコ!」というのは「この雲助!」「この三下!」「この日雇い!」「このバイト!」…などと怒鳴りつけるのと同じことだったのである。知らなかったよ、恐ろしい…。