だれだって損はしたくない

とはいえ誰かは損をする、あるいはエンドユーザーになって金融サイクルの末端にならなければ経済はまわらない。経済は永久機関ではないのだから。しかし一般人たちにも知識が行きわたりはじめ、それは金融化するということでもあったが、金融化した一般人はお金をだして物を買う、つまり所有権を独占して、物と金とのリンクを切ることをただの損でしかないことを認識しはじめたのだ。

あとは、金で買えるものは虚栄心の化身でしかないバブル後経済へ一直線である。

価値あるものは、そう簡単に価値を減じないものでもあるはずなのだから、べつに買わないで借りておけばいい。ローンを組んで、一時的な所有権をゲットしておけばそれでいい、ということになる。邪魔になったら売って、金をとりもどせばいい。

長く続く平和と、情報化によって、日本人の所有権の感覚は劇的にかわりつつあるわけだ。ものが売れなくなるというのは、つまり所有権の感覚が変化しているということなのだ。

多くの人が共有する原理は、「死にたくない」「環境に煩わされたくない」の2大原理と、「子どもを育てたい」というオプションの原理だろう。ものの所有というのは、そのいずれの原理にも関わらない欲求でしかなかったわけだ…。

食べ物を買えば、死のリスクからは一時的に遠ざかることができる。しかし、食ってしまえば、その食べ物の所有権は消滅してしまうのだ。