『オーディション』

十年ぶりに再見。原作がどうだったのかすっかり忘れてしまったが、この映画版はまともな人間であるとはどういうことかということへの考察に満ちていて面白い。

主人公の甲斐性をうらやむ根岸季衣演じるお手伝いさんや、主人公が一度だけ関係をもったせいではかない望みを捨てられずにぐずぐず引きずってしまった女子社員がでてきて味わい深い。お手伝いさんは主人公の幻想シーンのなかで一瞬だけセミヌードででてくるのがなんだか怖い。主人公は、お手伝いさんまで「そのように思っていた」というわけだ。

主人公の息子は、いくら1980年代生まれだからといっても、ぞんざいすぎる口を父親にきくのだが、主人公がそのなれなれしさに依存しているのだ。息子に気がねがあるということは、同時に、息子にあまえているということなのだ。主人公も、自分の身にふりかかった不幸のせいで、すこしだけまともでなくなってしまっているというわけ。

あんまり不幸な目にあいすぎると、他人への視線が歪む。自分はこの不幸に耐えた。では、目の前のこの人間は、どこまで不幸に耐えられるのだろうか、検証してみよう。そういう気になるわけだ。

椎名英姫の行為の根拠は、悪意ではないわけである。かえってそれが怖いのだ。人を試してはいけないというが、まさかこんな意味があるなんて。そう思ってつい笑ってしまう。

何かに訓練された女はいいとかなんとか、えらそうなオヤジの思い込みにしか聞こえないようだが、案外そうでもない。身体に制限をかけると、心のほうが自由になるという矛盾を國村準は語っているわけだ。選択肢をあたえられるという「制限」を付加されることで、人は選択が可能になる。まあ意地悪くいいなおせば、失うものをもったら人は礼儀正しくなるという話なのだが。そして劇中の椎名はすでにバレエという大切なものを失っているわけで…。

オーディションをはじめるさいに、主人公の石橋凌が照れながら「なんだか犯罪者みたいな気分がする」と口走るのは、わかるのだが、あれっと思った。主人公の前の結婚は、見合い結婚ではなかったということか。

オーディション [DVD]

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