私小説

『トリアングル』を立ち読みしかけて、やめた。必然性がわかないのに読んだってしょうがない。『石に泳ぐ魚』はすぐ読んだが、あれはモデルが怒るのも当然だし、しかし出版差し止めもまた重すぎる。改訂版の出版として落着した現実は、穏当にして適切だったろう。内容は『死の棘』のほうがいい。『石に泳ぐ魚』は、『死の棘』みたいな対話がなく、観念が自己完結している。作者の才能のせいではなくて、1990年代がそういう時代だったからだ。『トリアングル』に戻ると、金のない若者が長い距離を徒歩ですませて交通費を浮かせることに主人公がことさらに驚く冒頭でもう白けた。気配りできる人間たちがとりかわすほどのよいやりとりなど、いちいち読まされたくはない。
私の世代もそうだけれど、もっと上の世代から、普通に会話することができなくなった。何かうまいことを言おうとする衒いが出て、あたりまえの交流の仕方を失ってしまった。島尾敏雄がうらやましい。