それをする必要がない

人のいるところで騒ぎ立てても、あるテーマについて憤っている人がいるということしか伝わらない。大昔の「天皇に直訴」と一緒で、客観的には意味がない。

淡々と事実関係について書いて、人に読ませて、訴えてきたらしめたもの。家族に封書で送るとか。

しかしそもそも男に捨てられることがたいしたことではない。いろいろ許したのにつけこんでいろんなことを私にした。そんなこと、許したあんたの責任だ。もちろん同情するにやぶさかではないが。民主主義の世の中でみんなが酔ったようにぽわ〜んとしている。自分の屈辱がたいしたものだと勘違いしている。