『おとうと』

この映画をみながら数年前に死んだ父のことを思い出していた。「知識よりも知恵が大事だ」といいながら知恵のない人生を送った人だった。二十代の頃はそういう父をとがめる気持ちがあったのだが、いまはもうそんなことはない。人は死ぬ時に死ぬものだとぼんやり思うだけだ。

いつもながら形式感がはっきりした山田洋次の映画なので、あまりドラマティックな葛藤はない。葛藤がかつてあって、映画がはじまる前に解決されたそれについて、葛藤を経験した人物が映画の中で振り返り別の登場人物に語るという、いつもの山田映画であった。しかし映像は素晴らしい。コントロールされた画面をみる快さをぞんぶんに堪能した二時間だった。

たまたまホスピスについてのドキュメンタリーを見ていて、そこにも竪琴を弾く西洋人の婦人の話が紹介されていたので、あああれかとちょっと面白かった。臨終の鉄郎を写メに撮る小日向文世と、「もう楽にしていいのよ」と声かけする石田ゆり子ホスピス職員の言動は、まだ一般人にはなじみの薄いものだろう(こういうところをきっちり押さえる山田洋次はやっぱり偉い)。紹介する意味はあったとおもう(キリスト教なんだけどね…)。

しかしまあ、自分が『アバター』なんぞよりこういう映画のほうを尊いと感じるようになるなんて、十年前は思いもしなかったなあ…。まともな大人の見る映画は、カネの話が出てこなければいけない。『アバター』にもカネの話がちらっと出るが、それは強欲なホワイトカラーの皮算用であった(キャメロンはそれを裁きもしているがこういうことを話題にすることがそもそも幼いのである)。『おとうと』のカネ回りのリアリズムには、妙な話だがほっとするものを感じるのだ。