『ゴールデンスランバー』

二回目。


樋口(竹内結子)が青柳(堺雅人)から告白されて、嬉しそうにしながら「遅いよ〜」と「なじる」シーン。私はここ、何度みても陶然としてしまう。ああ、こんなシチュエイション、体験したい。


柄本明が、警察が青柳を狙撃するらしいことを知ってあわてて計画を微調整するあたりの仲間(竹内、轟屋の息子)との連携が、二回見ても、やはりわかりにくい。柄本から轟屋の息子に連絡を取ったのだろうか。しかし柄本が警察の狙撃意図を知ったのは、柄本が堺と携帯で連絡をとった(回想シーンで。ここで柄本は花火のことも言及している。以後は堺は下水道なので携帯の電波はとどかない)後のことのはずである。私がなにかを見落としているのだろうか。それとも「柄本と轟屋の息子」「柄本と竹内」の行動が、それまではそれぞれ別系統になっていたのを、警察の動きに対応して轟屋の息子と竹内を引き合わせたということだろうか。花火自体はもともと計画のうちで、さらに増量したのだということか。


そのちょっと前のシーンで、それまではいたずら電話として本気にしなかったテレビのプロデューサーだかディレクターだかが急に青柳を本人だと信用する。ここも、まあ、でんでんを人質にしていたから信用したのだろうが、そこをはっきりさせる映像を本編に挿入すべきだったろう。拘束したでんでんに堺が携帯を近づけて話してもらうシーンを入れればよかったのである。


うっかり一回目は気づかずに見過ごしていたが、竹内は堺をかばって狙撃されるつもりだったのだ(マンション玄関先で轟屋の息子に遭遇して方針転換)。これに思いあたって、ちょっと泣けた。首相爆殺事件がおこってから、堺と竹内は会っていないのだ。整形した堺に竹内が気づいて娘にハンコを押させたのも、キルオが樋口母子に仕掛けたような「通じなかったメッセージ」に終わる可能性もある、べつに100パーセントの確信に基づいた行為ではなかったのだ(ベンガルがしみじみ述べた「花火の論理」を想起せよ)。ハンコを押されたのがもしも青柳でなかったら「子供のいたずらですから」で終わる話なのである。物語の時間軸における最終シーンは、手のハンコをふーふーしてる青柳と、セロリ嫌いだから父親帰ってこなくていいとのたまう娘にクールだねと呆れる樋口、このふたつのシーン。


やはりこれ、傑作だわ。2010年度の私のベストテンの暫定一位。




ところで、竜雷太カローラの縁を発見。


こっちは映画で言及されるCMソング。