『故郷』(山田洋次)

冒頭の夫婦が瓦礫船を操舵する様子が、なんというか、エロティックなまでに素晴らしい。完全にリラックスしていて遠くのほうを眺めながらなにか作業をしているというのは、究極の自足状態と呼べるだろう。そこにはちゃんと夫婦のあいだに生まれた幼子がまどろんでいる。


監督は夫婦の居間にちゃんとテレビを置いている。人並みをもとめていろんなものを購買していくと、人は自営で暮らしていくのがつらくなっていくのだ。夫婦は瓦礫船の家業を捨てて、造船会社の下請けに雇われの身となる。日給制というのが、なんだか怖い。


引揚者だったからこそ松下(渥美清)は、故郷というものによりこだわりを見せる。このキャラクターは山田洋次の分身だろう。


この映画から数十年のち、会社というもの自体が売り買いの対象となる状況を日本人は目のあたりにすることになる。