正直という徳目

しかしなんで西舘代志子(現)は離婚会見の時に井上ひさしの暴力について話さなかったのだろうと思うのだ。思うでしょ? しかもその場で「自分に正直に生きたい」と口にしてもいるのだから、これは何だろうと思うのだ。言わないことが「自分に正直」であることだったのだろうか。井上の直木賞受賞って1972年だそうだから、離婚会見(ネット上では1984年とか1986年だったり一定してない)まで相当な時間が経っているし、それから告発本まではまたけっこう時間が経っている。

井上自身は、戦争とはあまり関係なく不安定な状態におかれた幼少期の自我を補償するために、のちのちまで戦争や政治についてこだわったということなのだろう。ウィキペディアには空襲体験の記述はない。政治発言へのこだわりは、井上をして旧作解題にこじつけてまで行われなければならないほどのもので、当の旧作(「ひょうたん島」)ファンすらも当惑させるものだった。

抑圧した経験を思い出して話すことで病気が治る、というのが精神分析の美しい物語だけど、思い出したことで怒りが再燃して、生贄を屠らなければ気が済まないという人だって、そりゃあいるだろうねえというわけだ。岸田秀だって養母の写真をこの世から抹殺した。