『ドリーム・ハウス』(小林信彦)

手塚治虫の『ばるぼら』をおもいだしたのである。ホラーというよりは、ふつうの幻想小説である。大小説を書きたい、広い書庫と書斎のある家が欲しい、土地を持っている母親に死んでほしい、母親宅の間借り人に退去してほしい、改築費用のための資金が底をついた…。都合よくころころと事態がころがる、あの夢の中の感覚がよく表現されている。

あと、小林信彦は高度に機械化された葬儀産業をあつかったブラックコメディ映画『ラブド・ワン』の批評を書いていたのを思い出した。死の儀式化ということに、主人公は呆然とせざるをえないのである。生きている実感がないのだもの、死の実感なんてなおさらないのである。

私小説的フラグメントをあえてエンタメ小説のフォーマットにはめ込んでみるということを、50〜60歳代の小林信彦はしきりにこころみていて、作中の主人公「ぼく」が書いた少年期の追想は、いつもの小林信彦の昔ばなしよりも、すこし踏み込んだニュアンスの筆致で描かれている。