安全な戦争・予告編

 大吾の眺めるモニタに北朝鮮の兵士があらわれて、爆破兵なのか狙撃銃も機関銃も携行しておらず、クーラーボックス様の大きい箱を迷彩に塗装したものを兵士は左肩に抱えていた。週2回はかならず行われるミーティングの席で渡される、いままでの戦闘によって知ることができた北朝鮮軍の装備を撮影した、画像ファイル、動画ファイルによって大吾の情報は更新され続けているのだが、自室にもどってそれらの情報をじっくり見聞するという習慣は、とうの昔に大吾からは失われていた。技術班が大吾の搭乗機に装備した、データベース通信型の照合装置によって、いま見たものが何であるのかを大吾はいちいち思い出す必要がなくなったからであった。

 2年前に締結された国連の協定で、死亡する兵士の映像は、かならず交戦側の動画撮影機器によって収録されていなければならなくなった。国連内に組織された機関に日々各国から映像が送信されてきて、係員がチェックしている。映像は加工ができない仕様になっているのだが、そんなことはない、きっとアメリカ軍の撮影したモノなどは大量の加工が施されているのだろう、というのが職員たちのもっぱらのジョークであった。銃器を布で覆った兵士を殺した場合、ペナルティとなる。ペナルティ点が基準をこえた場合、その戦闘は強制的に一時停戦状態にもちこまれる。13年前の福島原発事故によって発見され研究が積み重ねられた、「ただちに健康に影響は及ぼさない」放射能発生装置が戦闘地区に上空から投下される。装置は主に放射性ヨウ素のみを放出するように設計されている。それ以降の同地点における戦闘は、「自己責任」であって、国連は管掌しないという建前なのだった。

 銃器の布巻きというのは1年前の流行で、最近のトレンドは銃器部品の箱詰めにかわりつつある。また箱詰めだと大吾は緊張した。兵器の洗練と情報化は不即不離のものであり、北朝鮮のように兵器購入資金は潤沢であってもそれをただちに装備に反映させる環境に恵まれない国家は、日本が情報の分野にかぎって「刀狩り」を撤廃したことに当惑した。いまだに日本の支配体制は対米追従を継続しており、国連もアメリカや日本により肩入れしていた。更新された戦争ルールも、依然として日米に有利に働いている。北朝鮮はこの逆境にたいして「逆転の発想」で臨むことにした。兵器の洗練と拡充を放棄したのである。もしパチンコで人を殺すことができるのなら、なぜわざわざ高いカネを払って銃器を開発したり購入したりする必要があるのか。棒切れに黒布を纏いつかせて日本軍にわざと兵士を殺させる戦法が一時流行したことがあった。ペナルティを越えた日本軍にたいして、国連は厳格なジャッジを下して、新ルール適用後初の放射性ヨウ素弾が新潟県の粟島に投下された。日本の右翼勢力は、北朝鮮の戦術傾向を「新原理主義」と名付けてこれへの備えを国民に呼びかけた。曰く、いまや恐ろしいのは銃器ではない、弓矢であり、路傍の石なのだ。

 大吾は今年77歳で、3年前のシニアディフェンダー公募に応じて、東日本地区の機械化部隊に所属することになった。快適な4畳半の個室とレクレーションルームを楽しみ、そして戦場後方の掃討業務にいそしむ日々が続いている。戦争はしばらく前から老人の仕事とみなされるようになった。若者は戦争のような退屈な仕事を嫌い、以前のように芸能界やスポーツの分野にあこがれる一方、建築業や保育の分野も熱く注目するようになった。情報環境の急速な発展によって、教育分野の衰退が目につくようになった。大学進学率が極端に低下して、ほとんどの私立大学は解散し、多くの独立行政法人格の大学の各学部が、それぞれの分野の産業と連携して民間企業の研究所となった。海外諸国は、日本が世界にたいして「あいそ笑い」を放棄し、独自の道をすすみはじめたことに、あるいは当惑し、あるいは賞賛するようになった。

 爆弾だったらまずいんだよなあ。大吾はひとりごとをいい、それはもちろん指揮官にも聞こえていて、ようするに聞こえよがしに指示をあおいだつもりだったのだが、指揮官も迷っている。大吾さあん、あいつらが何考えてんのかわかんないけどさ、ああ見えてあいつらの箱の中はただの空っぽで、撃たれることを狙っているだけかもしれないじゃん、もうちょっと様子をみようよ。あと1時間で交代だし、ここにはとりたてて、あいつらが破壊して戦果になるようなものもないんだからさ。作者は「あいつら」と表記したけれども、実際の大吾と指揮官は、モニタ上の北朝鮮兵を、日本人がする朝鮮人の蔑称で呼んでいる。陽動作戦や挑発行為の死者も、おろそかにはできない。戦争映像(射殺映像)は公共財産として国連のウェブサイト上で自由に閲覧する権利がネット利用者に認められていて、どうやら北朝鮮国内でもテレビ放送や、ネットを切断した状態のパソコンモニタを集会所に設置することで、国民に、自国の英雄が日本軍の兇弾に倒れる様を見せて愛国心をあおっているらしいのだ。気軽に殺してしまうことはできない。大吾はまた、北朝鮮兵士が意外とミーハーで目立ちたがりの性格であるのにも呆れていた。特に戦略目標もないのに日本に上陸してきて、石碑などに「日本鬼!」とスプレーペイントして帰っていく。もちろんそれが見せかけで、実際に破壊行為を働く兵士もいたりするので油断がならない。「命がけのピンポンダッシュなんだな、ありゃあ」と大吾は感想をもらす。北朝鮮の若い世代がバラエティ番組を立ち上げて「クアングンクルズイルボン」というコーナーを設けて、その「命がけのピンポンダッシュ」を面白おかしく映像に仕立てているのを、掲示板サイト経由でマスコミのウェブサイトが報じるのを大吾が知るのは、もうしばらくあとのことであった。(了)