松本龍辞任


テレビのまえで堂々と偉そうに振舞って私含む視聴者の反感を買ったのは、田中康夫の名刺を破るか丸めるかした長野県の重役かだれか以来の出来事である。そう考えると、十年くらい日本人は大人しかったんだなあ、とも思う。


私は完全監視社会肯定論をとなえるくらいだから、今度のことも、テレビよくやったくらいにしか思わない。技術的なことだけぽんぽん話せるような頭脳の持ち主だけが政治家になればいい。


イデアを出す自分を愛していたってしょうがない。「うちのチームは多分戦後始まって以来、こんなに各県、各市町村と寄り添ったチームはないくらい、素晴らしいチームだから」というのは、自己愛の程度を測るいい指標だろう。戦後最良のチームを率いているはずの人物がこういうつまらないことでその地位をおりるのである。


潰れた街は多分再現できない。「みんなで食べましょう仮設作ればいいじゃん」。だから仮設住宅はセカンドベストかあるいはそれ以下の選択である。松本龍は、自分の仕事がうまくやっても叱られる類のものであることをわかっていたのではないだろうか。遼遠となるほかない仕事をまえにして、それを迂遠であると了解したとき、人はあなたがいま映像でみたように、苛つき、焦り、恫喝するのである。


引用は(http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110705k0000m010090000c.html?inb=yt)から。