『インフォーマント!』

未見だったソダーバーグ監督作をぽちぽちと見ている。


自分の失策から会社の目をそらすために、会社重役である主人公は架空の産業スパイの存在をでっち上げ、まんまと騙された会社はFBIに捜査を依頼する。自分の嘘がばれることを恐れた主人公は、本丸である会社ぐるみの犯罪をFBIに通報することで窮地をしのごうと考える。そういう映画である。実話を誇張して映画にしているむねの注意書きが冒頭にある。


こういう、事態がどんどん転がっていく話は、もっとマンガ的なほうが面白くなるのだが、ソダーバーグの演出は自分で断っているほどには誇張されていなくて、この「誇張」というのは全編にわたって挿入されている主人公の「心の声」を表現するモノローグのことを指しているのかもしれない。


たまたま直近に『ブレードランナーファイナルカット』を見直して、おまけディスクのメイキング「デンジャラス・デイズ」も見たばかりだから特に強く思うのだが、『インフォーマント!』を娯楽として成立させているのが、主人公演じるマット・デイモンのモノローグなのである。このモノローグを抜いた『インフォーマント!ファイナルカット』は、たぶん制作されることはないだろうが、そういうバージョンを想像するのは、ちょっと楽しい。


ネットの批評を眺めると、多くの評者は主人公であるマーク・ウィテカーのことを「支離滅裂」だとか「非常識で独善的」だとか言っているが、本当に彼らは心からそう思っているのだろうか。人間なんてこの程度に場当たり的に、そして上の空で日常を過ごしているものだと私はいつも思っているので、ウィテカーの行動にはさして驚きを感じない。かえってウィテカーを簡単に信じるFBIやADM社の重役連たちのほうが間抜けに見えた。


わたしたち男性は自分たちが自宅にポルノをしこたま貯蔵していることをお互いに知っているが、なにかの機会に自分以外の男性が所有しているポルノのコレクションを実際に覗いたら、けっこうエグくて、たいていは「引く」ものである。ウィテカーの蓄財も、ようするに「そういうこと」である。それを「支離滅裂」とか「非常識」とか規定するのは、あまりに杓子定規なのではないか。他人の性的ファンタジーは気持ち悪いものだが、同様に、「出世ファンタジー」とでも呼ぶべきものもまた、気持ち悪いものなのである。


ソダーバーグは、そのあたりを、観客が不快感を催さない程度にうまく調整して表現していると思った。