悪役としての笑い、孤高の笑い、狂気の笑い

笑う悪役を問われれば、いまの私は、『ダークナイト』の、無理やりしぼりだすように、狂気の表現というよりは狂気の添物のような笑いを笑うヒース・レジャーのジョーカーをまっさきに思い出すわけだが…。

ところでゴドラ星人をみるたびにチーズドッグを思い出す(またはその逆)私である。

      




子供のころ(昭和末年か)再放送で見ていた「黄金バット」、戦中からあったキャラクターのようだが、「高笑い」ときくと、私は黄金バットのあの笑いを思い出す。

要するに、ふつうの人は、ひとりでは笑わない。みんなで誰かを笑いものにする。だから、お笑い芸人は、笑われているんじゃない、笑わせてやっているんだというのである。そうではないことを本人が重々承知していて、それでもいうのである。

越後屋、おぬしも悪よのう、わっはっは」式の笑いは、死亡フラグである(ゲームやらないのに見よう見まねで「フラグ」ってつかってみたのだが、合ってるかな…?)。

まるでテレビ版バットマンのシーザー・ロメロのような狂気の笑いを笑っていたすわしんじ。ユーチューブに『ドリフ大爆笑』のコントが大量にあげられていたので、すわの笑い男がまぎれこんでいないか検索しようとおもっているのだが、なにしろ大量すぎて…。子供のころ、私はすわの笑い男が怖かったのである。