当為だけで動くのは変

くどく繰りかえすと、天皇にかんしての呉さんや小谷野さんの意見には納得できないなあということ。本郷氏の本を読んで、天皇の地位も歴史のそれぞれの時期にいろいろだったことを知ってしまった以上、皇室の伝統に則って京都に帰る、帰すというのがもう無意味だと思う。

 戦後は復興に従事する大衆の憧れを引き受ける存在に天皇はなったというだけでしょう。これからの社会でも天皇はそういう存在で居続けられるとはとても思えないから、明治憲法も六十年くらいしかもたなかったし、昭和憲法にもなにか動きがあってもおかしくないんじゃないでしょうか。

 そういえば、1960年代から映画が斜陽になって、1970年代からスターの時代が陰りはじめ、1980年代がパロディの時代だったというのも、なにやら社会の当為と実情の葛藤のダイナミズムを感じるなあ。大衆だって憧れる一方では面白くなかったのだということか…。