『人間の約束』

これは素晴らしい。『鏡の女たち』は、これのバリエーションという側面もあるのだろう。絵面が似通っている。


なぜ尊属殺人罪なんて規定があったのだろうと、それがなくなった現在には思ってしまうが、要するに人は家で暮らすものという常識が日本にはあったからだ。殺し合いがおこるとしたらそれは家の中でだろうという前提がかつてはあったと。この映画の発表から20年以上が過ぎて、家とは家族のことではなく家屋のことを指すようになった。その家族をささえるための家屋の代金の月賦の返済の重圧については(家のローンって言えばいいじゃない…)、この映画でもちらりとふれられる。なかばボケ老人となったはずの三國連太郎が息子の河原崎長一郎にすらっと「ローン」という語を発するのが、ちょっと可笑しい。


前半と後半で作品の色合いがすこし変化する。特殊メイクでボケ老人を演じた三國は、しかし声に芯があって、本当に老齢をむかえて声の張りも失った現在の姿とはやはり違う。前半は「老人問題」の話として展開していた物語が、後半に進むにつれて「人倫一般」を含むものへと拡大していく。じつはこの映画の本当の主人公は河原崎長一郎のほうなのであった。妻に体を触れさせない老母の体を仕方なく自分が拭こうとして、その乳首をやるせない目で眺める河原崎長一郎の演技が素晴らしい。彼はこのあと愛人の家を訪れて、しかし愛人を抱くにいたらず、愛人のほうから愛想尽かしをされる。この映画では、妻も息子も娘も義妹も、それぞれ勝手な理屈をならべて自分を正当化してなにも行動をおこさないでいるのだが、ただひとり夫の河原崎だけが、決然と断を下し、自殺を試みる母を介錯し、自分も自首する。この映画の河原崎は相当にかっこいい。