社会の安寧

ミリオンダラー・ベイビー』のヒラリー・スワンクの母親は、怠け者で、みずからは働かずに生活保護のカネをあてにしていて、娘の寄贈した家を娘の死後も確実に自分のものとして保全しようと、法律上の書類へのサインを、病床のスワンクに強いるような我がままな性格なのだが、監督のイーストウッドはこういうキャラクターを断罪しないのが、さすがに年の功というべきか。断罪どころか、イーストウッド演じるボクシングジムのオーナーは、スワンクの母親にたいして正義漢ぶった様子をみせて、スワンクからその態度をたしなめられたりしている。これもイーストウッドが演出しているのだ。スワンクは、母の懇願を結局は拒否するのであるが、それは母親が強欲だからではなく、自分(スワンク)のプライドの根拠をまったく認めないからであった。

卑怯な人間や、怠け者であるような人間が、そのようにして長期間過ごしてきたのであれば、その卑怯さや怠惰もまた、社会の安寧を構成していると言えるのだ…。