「悲しい顔」そのほか

小谷野さんが書いてるのを読んで、あれあれ吉田修一は映芸に登場したことがあったっけと思い、『一冊の本』を求めて(美人書店員はただでくれた。「フリーペーパーですからそのままお持ちください」「100円って書いてあるけど」「大丈夫です。お包みしましょうか?」)読んだら、ああ、なるほど、であった。

ところで金井美恵子はあいかわらずのイメージ批判に飽きる様子もなく、よその書き手が、古き良き食卓を映像にのこしていた映画作家として小津安二郎を挙げているのを攻撃していて、案外ソマツな食事を描いていたことを例を列挙して示している。DVD万歳である。

橋田壽賀子や吉田らが「悲しい顔」という語を用いているのをからかっていて、ようするに誤用だからというわけだが、これはちょっとつっこみが浅い。「人の心なんて分かるわけがない」派の金井には理解が及ばないことかもしれないが、これ、要するに「その顔をした人はいま悲しいと思っている」という意味なのである。描写というよりは「強制」なのである。「悲しげな顔」にするべきだろうと指摘する金井が、その指摘故にこれを理解していないのは一目瞭然である。

しかし「平成の今日のヘルシー感覚」って「小津や向田邦子が描いた古き良き食卓」にまさるとも劣らないほどの「イメージに寄りかかった物言い」だなあ。なじみの嬢なんか、好きなものぱくぱく食ってなおプロポーションがいいけれど。若いということもあるし、仕事が仕事だからね。


そういえば「100円って書いてあるけど」も誤用だなあ。ほんとは「刷ってあるけど」というべきだ。でもみなさんも、いちいち律儀に「刷ってあるけど」なんて言わないでしょう?

さらにもうひとつ。「登場する俳優の誰もかれもの長ゼリフの一つ一つが統合失調症境界例患者か強度の神経症患者の症例を読んでいるような印象の不気味でグロテスクでヒステリックなシナリオ」という表現は(私にしては珍しくソフトスターリニストの仮面をかぶって言うのだが)、差別表現であろう。括弧に括って橋田への罵言を記すのも、本人は芸のつもりか知らないが、要するに病的反復である。見られてないとか思ってんなよ。

ムイミさん。然り然り!!