小島信夫『抱擁家族』

三輪俊介が私には冷たい人間に思える。まだ第一章しか読んでいないが、家政婦みちよの注進によって時子とジョージの情事が俊介に露見して、しかしその詳細が各人によってくいちがって俊介に説明される。俊介以外の人物の内面描写は行われない。

俊介が妻をともなって喫茶店「山猫」でジョージに抗議するが、ジョージは真面目にとりあわない。翌日俊介が出入りを禁じていたみちよが三輪家に戻る。こたつで三輪夫婦の会話があって、その晩俊介は夢をみる。子供がふたりとも死刑に処されることになったので、減刑をもうしいれる受付をさがして奔走するうちに、そこがデパートであることがわかって、運動靴を買おうと思いふと建物のそとを見たら妻が空中でなにか手紙を書いている。こちらに気づいた妻は手紙を隠し松林の奥に消えていく。号泣しているところを妻に起こされて俊介は目を覚ます。

佐藤光房編著『遺された親たち』(あすなろ社)は、子供を交通事故で殺された親たちの文集で、編者の佐藤も次女を同じ理由で失っている。佐藤もまた不思議な夢をみてそれを文章に残している。

これを書くと妻に叱られるのですが、私はだれに読まれても平気なので、叱られるのを覚悟で書きます。みどりに死なれて一ヶ月ほどたったある夜、私は奇妙な夢をみました。父親の私がみどりと性交している夢でした。急いで付け加えますが、夢精をともなう、いわゆる淫夢ではありません。よく分からないのですが、夢の中の私は、性交を通じてみどりに何かとても大事なことを伝えたくて、必死になっていました。涙をこぼしながら、懸命に抱いていました。目が覚めたら、枕がぐっしょり濡れていました。こういう夢を見たことに、恥ずかしさや罪の意識は、まったく感じませんでした。却ってすがすがしい安堵感のようなものが残っていました。(196ページ)


泣きながら目覚めた夢ということで、ふとこの本を思い出したのだが、前者は作者が計算のうえで構築したものとはいえ、わざとらしいなと思うのである。