謎の男

 今日の午後1時の5分過ぎ。外苑西通りを北にむかって四谷四丁目の交差点についた私は、ぼんやりと信号が青になるのをまっていた。さわやかな晴天。少し前までサンミュージックが入っていたビルの前で、区議会選挙の候補者の宣伝車が演説している。ふと気づくと、私が立っている御苑側の歩道の、横断歩道からはなれた日陰のあたりのところに、男が自転車に乗って、向かい側の車道に滞留する軽ワゴンの宣伝車の様子をじっとうかがっている。

 男はネイビーブルーのパーカージャケットを羽織り、ズボンは薄い青のジーンズ。自転車は赤い車体のスポーツ用で、泥はねよけは銀色だ。髪型は分けない天然パーマを襟まわりだけ刈り上げている。身長は170センチくらい。

 おやっと思ったのは、イヤホンとマイクのセットをして、どこかと通信しているのだ。イヤホンから伸びたマイクのアームの白い色が、やけに目立つ。以上の特徴をくりかえし心のなかでとなえて、しっかり記憶できるぐらいに、私は男をガン見したのだが、男は私のことに気づきもしない。男はマイクを左手で覆って、なにやら話しているふうだ。

 宣伝車が動き始めると同時に、自転車の男も動き始めた。日陰から出て来て、のろのろと、御苑とポプラ社の間のほうの横断歩道に向かっているように見えたが、宣伝車は左折し、外苑西通りを富久町のほうに向かっていく。男は進路を変えて、まだ信号が青になる直前の横断歩道に進入し、自転車の速度を速めて、宣伝車を追いかけていった。