『黄泉の犬』

 1960年代にインド体験を得ていた著者が、後続世代のインド体験に疑問をもつくだりが面白い。インドには1970年あたりから先進国の裕福な子弟を顧客とした宗教産業が登場してそれが発達していたのだ。

 藤原新也は1963年と1968年に富士山を車窓から眺め、後者の景色がコンビナートの存在によってだいなしにされたことを強く印象に刻む。1968年の藤原新也はそのまま高度経済成長の日本を離れインドに赴く。管理社会化への道をひたはしる日本社会に疑問を抱いた藤原に、インドの社会は思いもよらない相貌を示すのだった。不潔と飢えと宗教。死体を荼毘に付すカーストの人々。オウム事件が発生した後、麻原彰晃水俣病の関係について調査をすすめた藤原だったが、関係者の反対にあい、ルポ連載は、過去の藤原のインド体験を追想するものへと方針転換を余儀なくされる。1995年のある青年が藤原にコンタクトを図る。藤原は青年の求めに応じて、過去のインド体験を回想し、青年もインドへ向かうために就職を放棄する。

 リアルばかりを体験すると、心が疲れるので、心は避難所としてのバーチャルを作り出すものであり、リアルなものだけがすなわち尊いということにはならず、人間はどうしてもリアルとバーチャルの間を行き来するしかないのだ、という考え方はなるほどなと膝を打った。機械文明以前の人々の宗教とは、そういったもの、つまりリアルにほとほと困りぬいた末のバーチャルなのだろうという気がする。

 曼荼羅が、僧によって、描かれること、そして消されること、その両方にまたがって存在する深い意味を、私はいままで考えたことがなかった。曼荼羅を描く僧が、日本に来て、テレビに感心したという。とくにCMが随時挿入される民放に強い興味を示したらしい。これは、要するにあらゆるものが画面に登場して、そして消えるからなのであろう。僧たちにとって、テレビは曼荼羅に等しいのだ。私たちはスイッチひとつで日々曼荼羅を描いてはそれを眺め、さらには消しているわけだ。生まれたときから日々そのようなことを繰り返している人間の精神が、過去の人間たちのそれから大幅に変容していくことは、当然の話であったのだ。
  
 当初の予定を大幅に逸脱した連載を、10年寝かせて単行本化したという由来をもつ。こういう複雑な行きがかりが豊かな綾を文章に纏わせるのだろう。紛れもない名著だと思う。人生について考えたい20代の人にまずこれを読めとすすめたい本である。

黄泉の犬

黄泉の犬