報復の不安

電車のなかで週刊ポストを読んでいたら、財務省の研究という特集記事があって、財務省は大臣をいいように操縦するための籠絡の手段として、大臣に、わざと重要な情報を教えないことで、かれを国会答弁の場などで恥をかかせて、心理的に制圧して自分たちのいうことを聞かせるのだ、ということを執筆者は書いている。


こういうのを読む度に不思議に思うのだが、別にそれを企図した人物本人でなくてもいい、大臣に恥をかかせたのだから、適当な責任者をでっちあげて、そいつを叱責するなり左遷するなりすればいいではないか、と思うのである。大臣なんだから懲罰人事をおこなう裁量くらいあるだろうと思うのである。


中学校の歴史の時間に二・二六事件を教わったときにも、私は似たようなことを思って、教師に質問したことがある。だって自分(軍隊)の身内(青年将校)が不始末(二・二六事件)を起こしたのだもの、軍隊は政府にたいして萎縮してしかるべきなのではないか。


これはようするに報復が怖い(財務省の記事の場合は大臣になった政治家が、二・二六事件の場合は陸軍に処分を下した政府が、である)からだろうということは、まあ、わかる。大臣の任期というのは、そう長くはないから、誰でも大過なくやりおおせたいのだろう。「天皇」というのは代々結束して(?)、自分の地位を守るから天皇と呼ぶのであろうか。週刊ポストの記事によれば、財務省の実力者も「天皇」と呼ばれているそうである。決して「財務省の大臣」などとは呼ばれない。…まあ、実際の大臣と紛らわしいから、そんなの当然の話だとも言えるわけだが。