日記

気分がすぐれず、ベッドのなかでぐずぐずしていた。

パソコンにダウンロードしていた『遥かなる大地へ』を、寝たままで見る。

アイルランドの貧農だったトム・クルーズが、祖国を脱出してアメリカの土地を得るために

奮闘する物語である。この映画は、高校生のころ社会科の授業の一環かなにかで新宿東映

傾斜のきついスクリーンで見せられた覚えがある。クルーズが旅の途中で初志を見失ってその生活

が荒んでいくくだりを懐かしく思い出した。映画はこのくらい奥行きがあってのんびりした

もののほうが有りがたい。死んだと思われた人が生き返るシーンがあるのだが、

クレーンにのったカメラが上昇したり下降したりして、魂の見た目を表現する。そういえばあの頃は

臨死体験とかキューブラーロスとかが流行していたななどと思った。

仕事があるので気力をふるって起き出す。髭を剃る気もおこらない。初期の鬱病なんだと思う。

鬱いだ(ふさいだ)気分のまま裏通りに入り、いままで試したことのない食堂に入ってみることにする。

新しいことをしなければ、と思ったからだ。アジア大衆食堂だそうで、高菜ラーメンを注文した。

店内には家族連れがふたくみいて、ひとりで食事している人もいた。全部で十席ほどの小さな店。

二階で調理しているらしく、料理はダムウェイターで降ろしているようだ。

家族連れの片方は、幼い子供が落ち着かなくて、始終なにか片言を発しながら椅子の上で

丸くなってひざをかかえたまま首を曲げてこちらを覗き込んでくる。食事がいやなのか、まったく

料理を口にしない。両親は子供に食べるように促すのだが、仕方なしにタピオカを注文する。
父親は太って、髪を明かるい茶色に染めて、黒いエナメルのコートを椅子にかけていて

なんだか堅い勤めの人ではないことは予想できる。給仕の老婆に、民族的出自について聞き出そう

としている様子がなにか変で、妻も夫をたしなめていたが、相手も本を読んでいて

簡潔な受け答えができる階層の人間であるとひとり決めして話しかけているようなのだ。自分が

台湾などに並み以上の知識を持つことをひけらかしているようにも見える。老婆は戸惑っていた。