南京アトローシティ

名古屋市長を笑うほどの見識があるわけではないので、図書館から秦郁彦南京事件』を

借りて読んでみた。この本によると、大虐殺があったことは事実で、しかしその人数がわからない

ということらしい。算出する際に依拠する資料の違いや、計算方法の違いによって結果が異なるようだ。

中国側の論者についての情報が少ないのだが、有名な三十万という数字は、東京裁判の際にすでに

挙げられていて、秦著の時点では内訳も中国側は用意していたようだ。

はっきりしているのは動機と時期で、動機は南京入城式を行うため

その妨害となりそうなゲリラを掃討するのを急いだために、

多少の(!)コラテラルダメージを省みず、怪しいと思った者を多めに殺したこと。

そして時期は南京陥落の昭和12年12月13日から、南京入城式の同月17日に集中している。

日本としては近代化を支援して親日的国家を養成するつもりだったのが、当てがはずれて、

内乱が収まったあとは、ナショナリズム共産主義イデオロギーに走る中国に痺れをきらしてしまった

ということなのだろう。日中戦争とその前史についての知識の欠如を痛感した。

得るもののない悲惨な戦いだった。