UFOとキリスト教


私がはじめて見た『未知との遭遇』は「特別編」であって、UFO母船の内部描写はエクストラ(おまけ)でもなんでもなかった。父親がレンタルショップから借り出してベータのデッキでダビングしたものを飽かずくり返し視聴したものである。

のちにDVDで再々編集版をみて、オリジナル版にあったカットのいくつかをはじめて見た。ロイのトラックが閃光に襲われるシーンのあとに、上空から地上を俯瞰したカットがあって、UFOの影が地上に落ちている。これ、光源は月の光なのかなあと思ったものである。復活したカットやシーンはだいたい冴えないものだった印象なのだが、これは「特別編」から入ったものの僻目かもしれない。

オリジナル版の予告編が面白いと思ったのは、これ、UFO現象を信じない人にもエンターテインメントとして訴求するように配慮してあることだ。スピルバーグがこの題材を選んだのは当時のマーケティング調査の結果を見ての上であることを本人がインタビューで語り、ガイラー母子が襲われるシーンの照明などジョン・フォードの『捜索者』をお手本にしていたりとか、この映画はもちろんUFO信者の自己満足に終わるものではないのだが、しかしこの時期のスピルバーグがUFOを本気で信じていたことも疑えないと思うのである。

ヘンリー・ジェイムズが近代心霊研究を参考にしながら『ねじの回転』を書いたように、スピルバーグもまた当時のUFO研究を利用して映画をつくった。アレン・ハイネックがこの映画にカメオ出演する意味は一般観客にも明瞭にわかるのだが、フランソワ・トリュフォーがこの映画に出る意味はスピルバーグ自身にしかわからない。

この映画から20年以上へてから、M・ナイト・シャマランが似たようなことをしたわけだ。『サイン』もまた、UFO神話をキリスト教の物語に翻案して、アメリカ人の心をつかんだ作品である。

スピルバーグにとって、『E.T.』や『宇宙戦争』、『クリスタル・スカルの王国』などは、かつて本気で宇宙人を信じていたことの照れ隠しだと思うのだ。




『捜索者』より。ガイラー母子がUFOに襲われるところに似ている。