名辞と実質

 「大正生命主義」という名称に顕著だが、鈴木貞美はわりと用語法がざっくりとしていて、たとえば過去に存在した「大正生命」という保険会社のことを知ってか知らずか、こういう名付け方をするのである(鈴木の文献を参照していないので、このことはすでに鈴木本人が言及しているかもしれない)。私が、何だこれは、と思ったというのは、そういう意味からでもある。うまいたとえが浮かばないが、柔軟な経営方針をとる銀行のことを「ソフトバンク主義」と呼ぶようなものである。

 「大正期の生命力思想」とでも名付ければ、そんなに奇異な感じはしないのだが。あるいは「大正期の思想における生命力モチーフ」とか。

 小谷野さんは、たぶん実質としての純文学と通俗文学の区分を話題にしようとして、しかし実例を挙げていくといろいろと例外がでてきてしまうので、自分の実感に確信をもちつつも行論がすっきりまとまらないでいる。そのように見えるのだが。

 概念は、実感からも名辞からも、それぞれに支配され、ふりまわされるのだろう、とごく単純に思うのである。先行思想の用語法にひっぱられた後代の思想を研究したのが、鈴木の学問なのではなかろうか。先行世代の概念にふりまわされることなく、現代の私たちはそれらから解放されるべきだ、と鈴木が主張するのなら、それはそれで眉唾物だと思うのだけれど。