2011-03-26から1日間の記事一覧

「名を匿って、公にもの申す」

じつは私はあんまり匿名であることに関心がなくて、学生時代には戸籍名でネット活動をやっていたし、そもそも無名人だから、名乗りということにそれほど意味を見いださない。このブログだって『…の日記』としているように、要するにバーチャルな「チラシの裏…

秋葉原通り魔事件の加藤智大は順法闘争をしなかった

私は身内に加藤の犠牲者がいなかったこともあって、わりと加藤には同情的である。自分は不幸だという自己認識をもつものが、あるいは表現活動などするもので、それは当人にとって癒しや薬になるものだが、加藤はいきなり劇薬を手にとってしまったわけだ。過…

東大「家」

なにで読んだか忘れたが、養老孟司が「東大に入ったら一生卒業させてもらえない」と述懐していたことがあったけれど、あれって、要するに「東大家の一員になる」ということなのだなあ。カンニング事件で大学の代表が謝罪だかなんだかをしたことについて、い…

匿名 「調べてまとめる」と「私は見たよ!」のちがい

さてさて匿名批評というものの実例を私は知らないのだったと思って、なんとなく筒井康隆の『着想の技術』のことなどをぼんやり思い返しもしたが、筒井が嫌っていたのは、匿名批評子の「まぜっかえし」のことなのだろうと思う。相馬悠々の現物を見ようとおも…

漫画家 顕名なのに匿名という存在

最近はそうでもなくなってきたのだろうが、諷刺マンガ家などは、顕名にして匿名の存在だったのではないかと思うのだ。鈴木義司や富永一朗は、テレビ番組に出ていたし、諷刺だけではなかった。横山泰三は文化人あつかいされて勲章ももらったが、これは例外で…