ついに寅さん童貞も破る

第19作 男はつらいよ 寅次郎と殿様 HDリマスター版 [DVD]

第19作 男はつらいよ 寅次郎と殿様 HDリマスター版 [DVD]

無声時代からの時代劇スターが旧家の先代のあるじを演じるというのが、なんだか『殺人者はライフルを持っている!』のボリス・カーロフを彷彿とする。

 カルチャーギャップを「殿様」につきつけないために寅さんと「とらや」の面々が「演技」をするのだが、これが面白い。もともと芝居芝居した山田洋次ワールド(に見えてしまうのだ、世代的に)にへんな批評性が混入してくる。嵐寛寿郎の目の届かなくなったところで三木のり平が、やれやれといわんばかりに芝居をやめる(という芝居をする…)シーンや、ついつい調子をあわせるのに夢中になって「おばちゃん」の「つね」が「殿様」の冗談である「参勤交代の思いで」を本当のこととして聞き入ってしまうシーンがいいのである。

 寅さんがまりこを訪ねた団地の案内板が錆だらけだったのにうなった。私の団地もそうだった(1980年ころ)。団地って、1950年代くらいからはじまったから、とうぜんこういうこともありえたのである。表示板などには防錆加工が施された素材をあしらうオシャレなマンションが林立する、高度消費社会への突入まで、あと少し…。




第37作 男はつらいよ 幸福の青い鳥 HDリマスター版 [DVD]

第37作 男はつらいよ 幸福の青い鳥 HDリマスター版 [DVD]

この時期からもう渥美清はつらそうだったのかな、と思った。美保純との電話越しのやりとりが、そういう脚本とはいえ、相手の若さを渥美のほうがもてあましているように見えたのである(両者の年齢差が32…)。

 長渕パンチと長渕キックを山田洋次が演出していたという「映画史」にうなってしまった。志穂美悦子がラーメン屋に勤めるのだが、これ、『タンポポ』の翌年の映画なのだが、そうは思えない…。

 老いと仕事の関わりに、それまではあった哀感が失われていくことを、山田洋次はこの時点で感じていたかもしれない(1986年)。町工場、自営のクリーニング屋にラーメン屋、そして看板絵描き、さらに旅芸人とてきや…。

 劇中の長渕と志穂美の境遇や、故郷へ帰る工員の若者など、この映画は、世襲がうまくいかなくなっているということをいっているのだ。自由はすきだが、自分にたいした才能はない…。(長渕と志穂美の娘が映画に出演している現在からみるとちょっと可笑しいが…)

 クリーニング屋の店主は息子を年季奉公(期限付きでよそにしつけを仕込ませる)に出したくらいのつもりでいたのかもしれないが、息子は息子で外に出て世の中をながめてしまったのである。新人兵が特攻機に乗るような神妙な表情をして、彼は故郷へ帰る。

 そうそう、この映画は1986年の作品だから、『中島敦殺人事件』のおともにどうぞ。健吾(長渕)が自作の絵画(キュビズム風の抽象画)をもちこむ展覧会の会場は、実際に上野の芸大でロケしたようだ。このすぐちかくで藤村や涼子がうろうろしていたわけだ。