2008-10-01から1ヶ月間の記事一覧

文学青年、政治青年、ブランド青年…。

なんでマンガが怖いのかだんだんわかってきた。自分で読まなくちゃいけないからだ。アニメは他人が声優として、声を出してくれるから、他人事として安心して接していられるが、マンガは自分で(心の中で)声を出していかないといけないから、きっとそれが怖…

日本人は猟奇的?

ほんとにそうかどうかは知らないが、この猟奇的ということは、つまり他人の目を気にしている、ということなんじゃないかと思うのだ。阿部定は通説のような猟奇犯ではないと主張する『JOHNEN 定の愛』を見た私は、とくにそう思うのだ。猟奇というのは、考えて…

自我

私はドッペルゲンガーの話を怖がらないほうだが、永井豪の「霧の扉」は怖かった。昔命を助けられた恩人に、年齢を重ねた自分がそっくりになっていくのに気付く話。時間がからむと怖く感じるのは、漱石の「夢十夜」に通ずるところがあるかなと思うのだ(だか…

マンガが怖い

あまりマンガを熱心に読むほうではなかったので、こうマンガばかり読んでいると、日頃やりつけないことをやっているせいもあって、不安になってくる。やすめばいいだけの話だが。子供のころは、浴びるようにアニメをながめていたせいで、マンガを「動かない…

立花隆

猫猫先生が触れていたので、ひさしぶりにウィキペディアで調べたら、ホリエモンから訴えられていたらしい。なるほど、日経BPのブログが更新してなかったのは、それが理由なのか。しかも、いま日経BPのサイトに行ったら、立花のページがなくなっていたし……

見た目で判断

本が出る前に大月隆寛からメールが来て、「ホンカツの雑誌に寄稿すると聞いたけど、ネタだよね?」などとあったhttp://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20081015 現代が「見た目至上主義」の社会かどうかはわからないが、見た目で判断して、あとで「あれ」と思う…

手塚治虫は手塚マンガの絵を描くのがうまかった

別言すれば、ふつうの絵は下手だった、ということだ。『テヅカ・イズ・デッド』の165ページに大城のぼるの『汽車旅行』が引用されていて、これは手塚以前にも漫画の映画的手法が存在した証拠としてあげられているのだが、これ、それ以前に、大城に的確な…

『アトム今昔物語』

お茶の水博士の髪が黒かったり、若き日のヒゲオヤジにヒゲがなかったり、この作品を知らなかった私は、いま、とてもクラクラしているのである。お茶の水博士のサゲのセリフも、ちょっとヒドいしね(笑)。初出が産経新聞なのだそうで、たしか『ブッダ』は創…

ディズニーアニメと私

は、わりと縁遠いほうである。子供のころにNHKで『ダンボ』を見て、当時のレンタルビデオ(この業界にPOS管理が浸透してなかった時代、近所のレンタル店は、レジの後ろにVHSカセットをまとめて保管し、手書きでレシートを出していたのだ)で『ピー…

はしゃぐマンガ

手塚と杉浦茂は、はしゃいだ感じを得意とする漫画家の双璧だろう。この対比からは、偶然だが、大阪人と東京人のノリの違いさえうかがえるようだ…。これは、みんなどう思っているか知らないが、手塚は、漫画家になりたくて漫画家になったはじめての人、あるい…

山本夏彦が長谷川町子を惜しんでいた

出典を失念したのだが、記憶があるので書いておく。山本夏彦が長谷川町子のデッサン力のなさを惜しんでいたのである。たぶん長谷川死去のときの文章を私が記憶していたのだと思うが、私はマンガの出来不出来はデッサン力に関わるとは思っていないので、山本…

デッド・テヅカ・イズ・アライヴ

戦後から50年代までの手塚作品が面白くて買いあさっている。昨日もまんだらけに通ってしまった…。これは鼻持ちならない骨董趣味なのか、と自問してしまうが、私自身は、このころの手塚マンガはいまのマンガよりよほどいきいきしていて読みでがあると感じる…

偏屈の世代差

中井英夫は『月蝕領映画館』で『ET』を意外なことに手放しで褒めちぎっている。橋本治はにべもなかったのだが…。

もっとわかりやすくしてみよう

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2005/10/4_a77d.html「キャラ」=「プロトキャラクター」=「動物」で、「キャラクター」=「人間」ということでいいんじゃなかろうか。主役が客観的に動物であることで表現を支えているマンガというのは、さすがに…

マンガの命は幼稚さにある

幼稚でなくなったらマンガとしてはつまらないものになる。老成したマンガを描いていた大友克洋が克己して活劇マンガを描いて売れたのも、要するに『AKIRA』のほうが『さよならにっぽん』などより幼稚だからであって、そりゃあ前者より後者の方を好きといって…

アニメとマンガの違い

アニメは動く映像を頭の中でセーブして物語を読みとる、マンガは静止画を頭の中で動かして世界を構築する、という違いがあるのではないか。アニメを長時間見ていると、まず目から疲れてくるが、マンガを長時間読んでいると脳が疲労してくる感じがあるのであ…

私が小林信彦の本で読んだのは、『ジャングル大帝』は『バンビ』の…

http://diary.jp.aol.com/yzuc9ww/704.htmlあはは、私の記述とカンケーない部分で騒ぎが拡大してる。面白い。これぞ朝四時まで眠れないネット文化の醍醐味。

マンガ文化の断層

タイトルに拝借したままなのは気がひけるので『テヅカ・イズ・デッド』を図書館から借り出したのだが、う〜ん、である。マンガってさあ、戦後のマンガは、はじめは一部の親から悪書として憎まれていたんだけどね…。もちろん、子どもにかまっていられない親の…

「ねえねえ聞いてよ!」

子どもは世界のいろんなことを発見して見聞を広めていくけど、親は、それらの知識をたいていはもうすでに知っているから、子どもの発見に対応するのが煩わしくなることもある。だから子どもは子ども集団を形成して、好奇心を保持するわけだ。身の回りがすべ…

『ダークナイト』

バルト9でまだ深夜興行がほそぼそと続いている。また見た。一日一回なので昨日はけっこう客足があった…。かなり音量がでかくて、よい。終盤デントが「もう死ぬにちがいない相手をなお励ますつらさがわかるか」とゴードンを脅すシーンがあるけど、そのセリフ…

アトム的ロボット

バルト9で『地球が静止する日』の予告をながめながらふと思ったんだけど、海外ではアトム的なロボットキャラクターって無いのかな…。理性をもった機械のキャラクターは、積極的にヒト型をさせないという傾向が欧米あたりにはあるような気がするが…。『マト…

アトム的存在

そう考えると、アトムというのは、ピーターパンであり、ピノキオなのか。どちらもディズニーが映画化しているのが面白い。『アトム大使』は連載長編作品だったので、この作品のアトムにはピーターパン性が薄いのだが、読みきり連載になってからの『鉄腕アト…

「どうもこの平和は続くらしいよ」と19511952年の日本人は思った

…かどうかは知らないが、『アトム大使』の連載開始はこの年から。当時手塚はすでにキャリア5年以上のベテランで、映画『ゴジラ』が公開されるのは、まだ32年も先の話だった…。

類似

「外のふくらみ」のエンディングと、「地球の悪魔」のエピソード(ヒゲオヤジが狸穴をさまよい、脱出口をみつけるが小さすぎて抜けられない)は類似しているが、たぶんつげの盗作ではないだろう(笑)。つげの「先細りする地下道」には出口の予感すら描かれ…

夢の論理

私たちの感覚器官はニュートラルに外界を感知し、適宜それを情報処理するわけではないので、夢という局面で、その偏りがもろに出てくる。つげの夢マンガが面白いのは、その偏りを表現するために、わざと絵を幼稚にしている点だ。「必殺するめ固め」など、特…

文庫

心当たりのある書店に『後方見聞録』がなかったので、急速に狩猟欲がうしなわれる。かわりにつげ義春の新刊の文庫(もちろん中身は旧作である)を買って帰った…。

「矢川澄子 自殺」で検索してこのブログに来た人がいた

いつもの伝でリンクを逆にたどると、いま話題の人唐沢俊一のページが…。http://www.tobunken.com/diary/diary20020601000000.htmlこれを書いた時点で、唐沢氏、『おにいちゃん』を読んでない様子だ。私も今現在『後方見聞録』を未読なので、読むことにしよう…

このパズルに終わりはない

パッケージソフトのRPGには通常エンディングがあるらしいが、ネットゲームのRPGは廃人になってもまだ終わりにはならないそうで、推測で書いてるのはやったことがないからなのだが、まあそれはともかく、パズルには終わりがないということを言いたいの…

本当は相対的ではない人たち

(ああ、悪乗りがすぎるから、この項目はタイトルだけ! でもちょっと言っちゃおう…)発射されたばかりの弾丸にとっては、ゼリーも人の頭も、「同じように」柔らかい。だから入射痕より射出痕のほうがでかい。貫通しなかった材質には、入射痕しかないのだか…

改革しても成長するとは限らない

池田信夫先生が森永卓郎さん(かたっぽにからかい半分の敬称をつけてもう片方は呼び捨てというのも気がひけるので、おかしな敬称だが一応つける)を「最底人」と揶揄する理屈はわかるのだけど、では、森永さんが抱く問題意識そのものが間違っているのだろう…